手風琴

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天声人語は朝日で、日経は「春秋」でした。先の小松左京の紹介文は春秋でした。夕方、図書館に日経読みに行けば、新聞のストック棚にないので、朝日を手にとり一面を見て、天声人語の欄名を認め、過ぎし日の間違いに気づく!

佐々木護 「帝国の弔砲」 траурный саяют

最近読んだ中で、衝撃の作品でした。

新緑のランニングの未知

先日、天声人語でコロナ禍つながりで、

 ウイルスのパンデミック復活の日

 プレートテクトニクス日本沈没

 宇宙人来襲→見知らぬ明日

が、災害に対する人類の立ち向かう姿を描いてる、小松左京の秀逸さが述べられいたので、

1と2は、映画にもなったし、読んでないけど既視感あるけど、3番目には興味を覚えて、図書館の書庫の奥から探しもらって読んだら、初版が昭和48年の変色でページが薄い褐色がかった年代物の文庫のページを繰ることになりました。

直近まで、『クメールの瞳』を読んでいたので、後者がエンディングにかけての物足りなさを感じていたので、

著者の物語のスケール感と時代考証性に圧倒されて、他のシリーズも読みたくなったこの頃。

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夕暮れの森の路

1週間ほど日課のランニングとストレッチ体操中止して、接骨院通いで体幹バランス調整中であったが、めでたく本日ランニング解禁となった。夕暮れの公園の路で,犬の散歩していた同年代の見慣れた二人と2匹に出会う。

ー お久しぶり、ー と声をかけられた。

 愛車がアルファロメオの元自動車整備をしていたと言うリッチマンで、リーマンショック時営業部隊に駆り出されだそうで、仕方なく応じた営業で、メカニックの素養が利いたのか、はたまた日頃の顧客対応からのご褒美なのか、年間ベストセールスで表彰されたことがあると言うおじさん、金持ちにフェラーリ買ってもらうの上手だったようだ。夕方は奥さんの散歩もかねて仲良く2人連れで微笑ましい。

 早朝ランニングしていた頃は、ランニングコース内のベンチで2頭の犬とともに休憩されていたりすると、愛犬の頭を撫でたりさせてもらったりしている。撫でられれる側は、前足でもっと撫でてくれと前足で私の右手に催促のタッチしてくる意味を教えて頂いたりして、そうなのかと感心してしまう。

 雨や風の日にも、犬飼には散歩は必須のようで、わたしのように、ただ可愛い部分だけ感じる者からは、生き物を飼う大変さは、日常的な煩いと共に別離の悲哀も伴うようで、見た目以上に相当大変そうである。奥さん飼うと言うか、自身が飼われいるのかは別にして、そのような視点から考えると、生き物との付き合いが生やさしさものでないことは納得出来る。

接骨院

階段を降りるとき、手摺で支えないとバランスをとるのが危ういような感覚がしばらく続いた後、左側の腰の筋が気になり出し、シップで一晩かわしても痛みがとれないので、通い慣れた接骨院にいくと、腰骨のバランスが前後に捻れており、そのまま放置していたら、いつものぎっくり腰状態へ移行していたようだ。左足首の自由がよくなるに連れ、腰のバランスに異常が出てくる度に、矯正が必要になっていると自覚しており、ちょうどコンベアのテンションバランス狂ってベルト走行がテンションの低い方に偏るのと同じことが、体幹のバランス中で腸骨に異常が出てるようだ。日課の10kmランニングを止めて5日、テレビ体操だけ復帰。ストレッチも中止して読書三昧となっている。

お久しぶり

夕方の図書館で日経を拾い読みし、最終面を目を通すのに1時間半ほど費やし、四季報の目当ての銘柄概況を確認した。夕暮れの遊歩道の中に見覚えのある影2つ、

ー よう!ー

と言って、ウオーキング中の2人と並歩。昨年春から晩秋にかけて、夕方いっしょに公園ウオーキングしていた仲間であったが、寒い季節が訪れとともに、別々のスタイルに移行、一方が早朝のラジオ体操実施から公園ランニングとなり、他方がジム通いとなっていた。その後、私の方が午前中ランニングと夕方の図書館通いへと変遷して、本日、数ヶ月振りの再開、ラインでのやりとり結構頻繁にしていたが、

肌寒い公園ウオーキング1周つき合うと、連れ合いの20代の男の子がリタイヤ、彼はムキムキマン体質で体脂肪率一桁だけあり、持久力はウオーキング3kmくらいまで、

体が温まってきたので、ウオーキングを消化したりないお姉さんに付き合うことになった。2人で伴走しているゆうぐれの中、関切ったよう身の上話が始まった。最近勤めはじめた先の有り得ない非常識な現実の開陳となっていた。

聞き相手が欲しかったようなので、もう1周付き合うことにした。