線路際に黄色い花が風に揺れていた。頬に触る冬の冷気が、春の日差しの中で自己主張している。
線路際に黄色い花が風に揺れていた。頬に触る冬の冷気が、春の日差しの中で自己主張している。
若気の至りで左足腫骨の粉砕骨折して、左腸骨の上湾部先端から切り出した骨で腫骨の再生をしたため、2本のボルトで半年くらい関節固定した。幹部が硬化すると伴に、左足の筋が固まったまま30年過ごした。歩行機能には不都合はないので、最近まで踝が硬化したままとなった。
さすがに、走ることは避け、右足で全体を庇っているうちに、支柱が右に傾いた。背骨が右に湾曲したのを補完する形で骨盤が左捲きに捻れ、右側の足の接地点が盤石と成ったが、体のあちこちが悲鳴を挙げた時代もあったが、若かったのでなんとか帳尻を合わせることが出来ていた。
現役をリタイアして、10年のうちコロナ渦3年間、近くの公園の早朝ランニングでほぼ過ぎた。リタイア以降の社会からの刺激を求めて、この10年前半期のように自由な移動が出来ない、ストレスの解消目的で走り抜けたと言うのが本当のところである。結果として、10代の柔軟な肉体へと回帰するとともに、骨盤の捻れの補正が発現した。
すると、歩調に伴う地との接地感覚が足の両の指先から地を踏む足触りのような感覚が伝わって来るようになった。
ジムで2時間程度のエクササイズをこなして、駐車場を出際にビルの陰に隠れた上空がやけに明るいの気づいた。
『満月の夜なのかな?』と妙に明るい見えぬ夜空の一隔を想像していた。踏切を渡り左折して、いつもの帰り道を進んで行く。交差点でクランクして、郊外衛星都市のメインストリートに出たところで、フロントガラスの上方に明るすぎる夜空に満月が輝いていた。 纏めて書き綴ったブログは、時間経過が逆転しており、真昼の宵待月の空は2週間以上以前の群青だったようだ。
満願成就の満月の夜、澄み渡った夜の空気を切り裂くように、私を乗せた車が疾走していく、交差点の信号機の目は青が続いてゆくようだ、
遊歩道の築山を回って出て来たところ、右手に黄色く芽吹いた樹木が視界に入った。その樹のまえに佇む、ご婦人が見上げている刹那、
『黄色いの芽なのかな?』と問わず語りに独り言を吐いた。
振り返った彼女は、一瞬眼を大きく開いて、何かを認めた後、
『やましゆ、山に朱と書いて、そう読むんです。』と説明してくれた。
暖かい春の陽欲しさに散歩に出掛けて来た、この辺りの住人なのだろう。
『陽の光は暖かですが、風は冷たいですね!』と言うと、
『そうですねと』とにっこり笑った。
久しぶりのお天気なので、マーケットの週末処理を起動させて、散歩に出て来た。途中、期待感が陽の暖かさに増した。期待どおりに道端の無人販売台には、可愛いサボテンが4鉢載っていた。
暖かい日差しの中、遊歩道を歩いて築山の頂を眺めると、なにやら白い筋が天井に向かって、立ち上っている。
上手く撮れているか?確認すると、アップしてみるかとなり、パチリ!
花の咲き乱れる季節では無いための閉塞感を解放しようと、青いそらに目線を向けた。白い雲の千切れ具合に見とれていた。